社会孤立型社福士が語る!コミュ障福祉職のストレングス

社会孤立型社福士が語る!コミュ障福祉職のストレングス

福祉の業界で働く方の多くは、人と関わることが好きだったり、得意だったりする。

福祉の仕事の多くは、利用者と関わり、その家族と関わり、関係機関と関わり・・・とにかく人と関わることが多い。もちろん、より質の高いサービスを提供するためには、「人との関係性」が非常に重要。

結論から言うと、私は人と関わるのがあまり得意ではない。

休みの日に出かけて知り合いに会うのが嫌だから、近場では買い物をしない。飲み会などの集まりに顔を出せば消耗するので、できるだけ行かない。日常の仕事でも言葉数は少なく、流暢に会話できる方をうらやましく思う。会議で意見を求められれば、言葉を選びすぎてつっかえる上に、さらっと失礼なことを言ってしまう。毎日が一人反省会。本当は一人暮らしの自分の部屋から出たくない・・・

そんな思いを抱えながら、福祉の世界に身を置いて、気づけば10年。10年経っても自分の本質は一つも変わらない。

しかし、これだけは断言できる。「福祉はコミュニケーション強者の絶対的フィールド」ではないということ。

今回は、社会孤立型福祉士を自称する私が、福祉におけるコミュニケーション弱者の強み、いわゆるストレングスを語りたい。

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我々は、「悩み・苦しみ」に敏感である

我々コミュニケーション弱者は、基本的に自分が困り感の塊である自覚を持っている。「本当はこうありたい」「こんな人間でありたい」という願望を持ちつつ、それができない自分をよく理解していると言ってもいい。常にそのギャップに悩み、苦しむのである。

しかし、その理想の自分と本当の自分との差に悩み苦しむ人間だからこそのストレングスがある。それが、「利用者の悩み・苦しみ」を察知し、寄り添う力を持つという点である。

我々は、悩み・苦しみながら生きている。だからこそ、自分自身の悩み・苦しみに敏感であり、同時に相手の悩み・苦しみに敏感である。そして、その悩み・苦しみを自分の主観で推し量って、「そう考えるのはおかしい」「こうするべき」などと言って、簡単に否定したりしない。

なぜなら、その言葉にどれだけ傷つけられるかを身をもって理解しているからである。

だからこそ、相手の今まで受けてきた心の傷に思いを馳せ、相手の本心から求める希望に寄り添い、相手を主体とした支援をすることができる。

つまり我々コミュニケーション弱者は、本人主体と呼ばれる支援の根底を学ばずに会得している、特殊な人材であると言ってもいい。

我々は、「相手に原因を求めない」

我々コミュニケーション弱者は、基本的に人との争いを好まない。正確に言えば、争いに巻き込まれることで敵をつくること極度に嫌う。平和主義者である。

そんな我々は、相手とぶつかり合った時、自己嫌悪に陥る。それは、ぶつかった原因を相手に求める勇気もないからである。

しかし、考えてみてほしい。この「相手に原因を求めない」スタンスは、まさに障害を環境に見出すというICF視点に近い。つまり、我々は日々の生活の中で、相手の行動に対して相手自身に原因を求めないという、ICF視点の入り口まできている驚くべき力を持っているのである。

もし、相手が利用者だったら。利用者が怒っていても、直接ぶつかることはしない。なぜなら、原因は利用者にあるのではないことを、経験からすでに知っているからだ。

そんな人間が福祉に適さないと言えるだろうか。いや、言えない。

我々は、「傾聴」のために生まれてきた

我々コミュニケーション弱者は、自分から話すことは苦手である。というか、聴かれたことに応えるだけでも精一杯である。

そんな我々は、これまで社会の中で苦しみ会得してきた技術を持つ。それが、「相手に合わせて笑顔でうんうん頷きながら、場の空気を壊さないように配慮する」技術である。

社会の中で多くの人と関わり、自分をぶつけることもできず、かといって相手を受け入れることもできず、その場に漂うために場の空気を壊さないために必死に生きてきた我々。しかし、その経験が福祉ではストレングスに変わる。

なぜなら、上記の状況はまさに「傾聴」なのである。我々は、研修や実践を積まずして、すでに傾聴のスキルの基本を身につけているのである。

傾聴を侮る方も多い。「ただ話を聞くだけ」と誤解しているのである。しかし、本来重要なのは、相手に合わせて、相手の空気を感じて、相手の話を聞くことにある。

我々は社会の中で、その技術を知らず知らずのうちに意識し、実践してきた人材なのである。

まとめ

コミュニケーション弱者よ。今こそ福祉でその力を遺憾なく発揮しよう。

我々は本人主体の支援の実現のために、欠かせない人材なのである。

本来、相手を自分の主観で評価し、決めつけ、推し量ることなど支援ではないし、本人主体ではない。我々は、そういった独善的支援に敏感なのである。

悩むことも苦しむこともあるかもしれない。しかしそれは、相手のことを思ってこそ。その自分の感性を大切にすることこそが、支援の質に繋がるはずである。

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