福祉と学歴・資格―大学生と福祉職の対立

福祉と学歴・資格―大学生と福祉職の対立

全く上がらないモチベーション。

年が明けると同時に今年の目標を決め、部屋に貼りつけ、毎日眺めている。

本を毎月4冊読もうとか、毎週ブログを更新するとか、小手先思考を捨てるとか。そんな数多くの決意と熱い思いを、A4用紙にまとめたのに。

現実は仕事から帰り、エアコンをつけ、コーヒーを入れ座椅子に身体を預ける。そのままスマホ(Google Pixel 3a)とにらめっこ。

新年特有の「何か新しいことを始めないと!」というミーハーさに、改めて「熱しやすく冷めやすい」自分の性を自己覚知する。

大学に在学しながら精神保健福祉士・社会福祉士試験を受験した昨年に比べ、格段に時間的余裕が増えた今年。

しかしながら、勤務時間内に求められる業務の質や量が格段に変わり、仕事が終われば動きたくない。

「スマホ依存」なんて自分には無縁だと笑っていたけど、そうも言っていられないほどスマホを触っている自分にほんの少しだけ罪悪感。

でも、「情報収集」という言葉を免罪符に、Twitterを見て、ニュースを見て、NHKのドキュメンタリーを見て。

自分の変わらない意思の弱さに、ため息がでつつ、ちょっとだけかわいらしを感じるようになった。

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そんな生活を繰り返す中、先日とあるツイートが気にかかった。

「福祉職の新卒採用は、大卒で社会福祉士を取得していてもインセンティブがない」という、大学生のつぶやき。

「大学で相談援助を学び、国家資格まで取得したのに、新卒で相談援助業務にあたることができない。」

「相談援助業務を専門的に学んできたのに、高卒・専門卒と同様にケアワーカーからのスタートになるのはおかしいのではないか。」

そういった悲痛な叫びだった。

このつぶやきを見たとき、スマホを見ながら「すごいなぁ」と言葉にしていたと思う。

最近いつにもまして独語が多い。ストレスに侵されているのかなぁ・・・。

それはさておき私は20歳の時、大学3年生で大学を自主退学した。

退学の理由はなんとなく。

そもそも大学に入学したのもなんとなく。

目的もやりがいもなかった私はわけもなく3年次に簡単に折れた。あっさり大学に行かなくなった。

そんな私からすれば、将来を見据えた目標をもって、目標を果たすために大学で真摯に学問に向き合おうとし、かつ自分の意見を持っている大学生なんて、架空の生物だと思っていた。

そう、ペガサスとかツチノコみたいな。

年齢を重ねると、架空だと思っていた生物に度々出会う機会があり、「自分が見たことが無いだけで、生息していたのか!」という気づきに変わる。

ペガサスやツチノコではなく、イリオモテヤマネコだったのだ。

この「自分の意思を持ち学問に向き合う真摯な大学生」という存在は貴重であることには変わりない。

私は、「自分の意思を持ち学問に向き合う真摯な大学生」という存在を見かけたこと、そしてその若さで自分の感じる違和感を自分の言葉で意見として世に放ったことに、「すごいなぁ」という言葉を発したのだった。

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しかしながら、世間からは意外と辛辣な意見が多かった。

「大卒で社会福祉士でも、仕事の仕方が他職員と同程度なら仕方ない」

「卒業前に何をしてきたかじゃなく、卒業後に何をするか」

「ケアワーカーも介護福祉士や保育士等の資格を持っているのに給料が低い。正当な評価なんてありえるのか」

これらも捉える側によっては真っ当な意見だ。

大学4年間を掛けて相談援助と真摯に向き合ったにもかかわらず、評価されないことに苦しむ大学生。

そして、過去の実績より仕事に対しての評価が重視されて当然とする現役福祉職。

最終的には、相容れない意見を持つ二者の対立という構図になったように見える。

ここまで読んでいただいて、「そういうお前はどう考えてるんだよ」と思われるかもしれない。

先に私の結論から話したい。

「自分の希望にあう職場を探せばいい。それが無いなら条件を変えるか自分で起業すればいい。」

このひと言に尽きる。

就職活動なんてそんなもんだ。

この問題は意見を発している全員から「福祉の就職活動」という限定がされているが、本質は「ごく普通の就職活動」なのである。

しかし、この意見をストレートに伝えること自体にはあまり意味はない。

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互いに全く異なる意見を、具体的な目的を持たずにただただぶつけ合っても何も生まれることはない。

最終的に「どちらが正しいか」というマウントの取り合いになるのである。つまり、「ただの殴り合い」なのだ。

見ている方は意外と盛り上がるが、当の殴り合っている者同士はボロボロになる。

そもそも、各個人が持つ意見に100%正しいものなんて存在しない。その時、その場の状況に応じて、より現状に即した意見が採用される。白や黒をはっきりさせることより、白から黒のグラデーションを捉えることが大切なんじゃないかと感じなくもない。

「人権の原理を中核にもち、個人の価値を尊重するソーシャルワーカー」ならなおさら。

そんなことより僕は、イリオモテヤマネコ級の貴重な大学生から刺激を頂いたこと、そして福祉における新卒就活の学歴と資格価値について考えるきっかけを頂いたことに感謝したい。

そしてそんな彼女が社会福祉士試験に向けて頑張っているので影ながら応援したい。

福祉を志し新たに立ち上がろうとする将来ある若者に、「経験論」という名の「自己の正論」を振りかざし屈服させようとする多くの大人を目の当たりにし、自己内省しつつ。

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