「震災前・震災後」で時代背景を共有しようとする被災地の異質性

「震災前・震災後」で時代背景を共有しようとする被災地の異質性

私は、東北地方の太平洋側沿岸に住んでいる。

ご存知の通り、東日本大震災で甚大な被害を受けた地域である。

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私の地元は本当に小さな町だ。

狭い湾に囲まれた海。学校帰りに水着をもって海に寄り道した懐かしい思い出。この町の男達は何故か車に釣竿を積んで、仕事帰りに釣りに出かける。

風力発電の風車が勢いよく回る山。春になればつつじで真っ赤に染まり、夜には今にも空から落ちてきそうなほどよく見える満点の星。人間の悲鳴のように響き渡る鹿の鳴き声が、自然の恐ろしさを伝えてくる。

何もない小さな町で、誰しもが自然の恩恵を受けながら生活をしていたのだと思う。

町の中では、人間同士の繋がりも深い。

誰しもが顔見知り、とまでは言わないが、名前と住んでいる地域を伝えるだけで、「もしかして○○さん家の?」「○○さんってしらない?」など、家族を知っていたり、知り合いの知り合いだったり。

昔はそんな閉鎖的な地域性が嫌いだったけど、最近になってようやくそれはそれで素晴らしい地域性なのだと思えるようになった。

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そんな私の地元。

東日本大震災によって総人口の約1割が亡くなり、行方不明となっている。

震災によって住む場所を失った方が52%であり、住民の半数以上が避難所での生活を余儀なくされた。

平和で穏やかな町を襲った、凄惨な災害。

あれから年数を重ね、震災の跡は日常の背景と化し、誰も見向きも気づきもしない。

「風化」と言えば聞こえは悪い。

しかし、突然自分の居場所を追われ、自分を取り巻く環境を失い、先が見えない中でただ毎日を耐えて避難してきた。そんな苦境から日常を取り戻すために、どれだけ町の人達が苦心してきたのか、想像するに耐えない。

「風化は悪だ」と叩くのは簡単だ。

だが、忘れたくもなる町民の心情も、どうか察してほしい。

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実は東日本大震災の被災地域で、東日本大震災が住民の時間的指標になりつつある。

例えば、「あの建物ができたのって、震災前だっけ?」とか、「車を買ったのは震災後だよね?」とか、何かにつけて「震災の前か後か」という確認を通じて、時代背景をイメージするのである。

被災地域にいながら、この様子には結構な違和感を抱いていた。

具体的に背景を共有したければ、当時のニュースやムーブメントなどを聞いた方がよりイメージしやすいはず。

なのになぜ、「震災前」「震災後」という幅が広い指標を用いて時代背景を共有しようとするのか。

結論は分からない。本当に分からないのだけど、どんなに震災当時の苦しみから離れたくても、どんなにあの時の感覚を忘れたくても、私たち被災地域の住民は「被害紙日本大震災」という強烈なイメージにがんじがらめに縛られている。

だからこそ、時代背景を共有するために、意図せず「震災前・震災後」という言葉を使ってしまう。それには、「震災前・震災後」という言葉で時代背景を共有できる事実に、「同じ被災地域住民なんだ」という安心感を得るからなのかもしれない。

もうすぐ、3月11日がやってくる。

この地域では、この日はとても特別な日だ。

3月11日に向けて東日本大震災の特集番組が増えていくたびに、テレビから離れてしまう。

そんな方は、少なく無いのだと思う。

「風化させない」なんて言葉が重苦しくて嫌だったはずなのに、「震災前・震災後」という時間的指標を用いている自分たちが誰よりも東日本大震災を意識している存在なのかも知れない。

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