「給料のため」に支援・援助する福祉職の本音

「給料のため」に支援・援助する福祉職の本音

私の仕事のモチベーションは「給料」だ。

給料を貰っている以上中途半端な労働はできないと思っているし、自分が給料の価値以下だと思う労働はしたくない。

福祉の世界にいると、「困っている人を助けたい」とか本気で言っている人に出会うことがある。

そして、そういう方は必ず「給料」をモチベーションに掲げる私みたいな奴を頭ごなしに否定してくる。もう慣れたのだけど。

まぁ、そもそもなんで給料がモチベーションなのに給料が安いと言われる福祉の世界にいるの?と言われそうだけど、無駄に年数を重ねて歳を取ったので、今さら他の業種に移る気概もないといったところ。

いきなり道端ですれ違った人に、「君を月50万円(+ボーナス4.5か月/年)で雇いたい」なんて言われたら、即刻転職する。

なんか勘違いしている人が多いが、私は福祉って業種に思い入れも特にない。

ただ、仕事している以上自分の労働価値を高めなきゃいけないと思っているだけ。そして、労働価値を高めることが、いずれ給料に反映されると思っている。

つまり、福祉という業種は私にとって生活手段に過ぎない。

自分がもし利用者だったら、そんなモチベーションの奴に支援・援助されたいと思うだろうか。私の答えは、もちろん「YES」だ。

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誰しもが「給料がモチベーションの奴=質が悪い支援・援助」を想像するだろう。給料がモチベーションの奴は、給料を貰って真っ当な労働をしない。それが世間のイメージだ。

だが、ちょっと考えてみてほしい。

給料を貰って真っ当な労働をしない奴は、そもそも給料とモチベーションが比例していない。つまり、給料がモチベーションなのではなく、そもそも労働をしたくないのである。

正真正銘「給料がモチベーション」の私は、この「そもそも労働をしたくない」奴と一緒にされるのが非常に腹立たしい。なんで仕事を真っ当にこなしている、むしろ勤務時間内で+αの労働を返すことに燃えている私が、そんなそもそも働かずに給料貰っている奴と一緒にされなければならないんだ!

ただ、なんでだろう。この福祉という世界では、「クライエントのために」というモチベーションを第一に置くことが重視されているような気がしてならない。

給料がモチベーションです、なんて言ったら迫害されかねない。そんな空気すら感じる。

だが、「クライエント」を第一のモチベーションに置いている方々に断言したい。「クライエントのために」というモチベーションは至極当然なことで、改めて言葉で表す必要もない話なのではないか。

そもそも、自分自身の労働価値を高め、同時に給料の向上を狙うことにおいて、「クライエントのための支援・援助」を検討することは「最低条件」と言ってもいい。「そんな最低条件を今さら声高らかに叫ばれても・・・」。これが私の本心だ。

そんな最低条件すら叶わない労働者がいることも事実だ。ただ、「クライエントのために」というモチベーションはしばしば主観的で個人的な価値に基づく支援・援助を生み出す。いわゆる「独善的支援」を作り上げる。このモチベーションに基づく労働を否定するつもりはない。だが、そのモチベーションで働くなら、自分の価値と向き合い、個人の価値に敏感になり、かつ相手の価値を受容できることが求められる。

そして、そのような人間は決して給料をモチベーションとして働く人間を否定したりしないことを忘れないでほしい。

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なんでこんなことを書いたのか。それは、私自身労働価値を高めたいと思いながらこれまで勤めてきたが、異動によって給料が下がったことでモチベーションを失いつつあるからだ。

かといって、仕事に手を抜いているわけではない。どんな状況であれ、真っ当な仕事をしなければならない。自分への評価が不当だと思うならば、自分の価値を保って正当に評価されると思える職を探せばいい。または独立して自分の力で勝負すればいい。

私は、自分のために支援・援助をしている。だからこそ、クライエントと「共同」しなければならない。決して自分の力でどうこうしようだなんてそんな傲慢なことを思ってはいない。あくまで「共同」なのだ。

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