本当に日本?精神保健福祉界で起こった2つの重大ニュース

本当に日本?精神保健福祉界で起こった2つの重大ニュース

はじめに

精神保健福祉の歴史は、当事者の人権侵害の歴史と言っても過言ではありません

日本の精神保健福祉界の歴史を遡れば、「本当に日本での出来事なのか」と目を疑いたくなるような出来事が数多く起こっています。

中には「過去の出来事なんて興味がない」「現代に関係ない」と思う方もいることでしょう。しかし、これらの過去の出来事が、現在の退院促進・地域移行が進まない精神保健福祉界の現状に直結しています。

つまり、歴史の流れを知ることは現状をより深く理解し、課題や問題をより明確にする可能性を秘めています。

この記事では、私が精神保健福祉を学ぶ中で特に衝撃を受けた2つの出来事を簡潔にご紹介します。

黒歴史① Y事件(1969年)

概要を100字以内で簡単に説明すると・・・

 川崎市精神衛生相談センターのワーカーが、父親の話を聞いただけでYさん本人を精神病だと断定し、本人・家族の了承なく精神科病院に強制入院させた事件。(84字)

Y事件の内容

川崎市に住むYさんは、半年後の大学受験をめぐって、両親とよく対立していました。それに困った父親は、川崎市精神衛生相談センターに相談にうかがったそうな。

その結果・・・

①相談に対応したワーカーは、短時間父親の話を聞いただけで、「精神分裂病だ」と断定、入院に向けて動き出す。

②センターへの相談を打ち切り、家庭訪問を断る連絡をしたが、大師保健所のワーカーが突然家にやってきて、頼んでもない面談を行う。

③Y氏が肩腰を痛めており、母親から大師保健所の保健師に相談。保健師からは「総合病院を紹介できる」と話があったが、その後説明なく精神病院行きが決定していた。

④保健所の課長、保健師、ワーカーと警察官2人で訪問し、Y氏に手錠をかけ病院まで連れて行った。

ameblo.jp

「これがY事件だ! 多摩川保養院を告発し地域精神医療を考える会」

Y事件の危ない点

●本人の意向がなく入院がすすめられたこと。病院に連れていくまでに、手錠を使って身体拘束をしたこと。

●家族へ説明した内容と全く違う動きを取っていること。また、行政が家族の意向を無視していること。

●医師でもなんでもないワーカーが、「精神病だ」と断定し、それに基づいて動いていること。

本人も家族も知らないうちに、行政と警察がやってきて精神病院に連行される・・・これ、日本での出来事なんです。

黒歴史② クラーク勧告、無視(1968年)

概要を100字以内で簡単に説明すると・・・

精神保健衛生を推進したい日本政府がWHOにお願いして、派遣してもらったクラーク博士。彼が調査してまとめ上げた「クラーク勧告」を日本政府は無視し、なかったことになりつつある。(86字)

クラーク勧告とは?

クラーク勧告 | 日本精神科病院協会

1966年12月3日、日本政府は、精神薄弱を 含む精神病質、精神障害の早期発見と適切なリハビリテーションを促進するための地域精神衛生計画を、日本が当面する緊急な社会的、公衆衛生的課題として、 精神障害者の地域ケアを組織化し、発展している英国のモデルを取り入れるためにWHO西太平洋事務局に対して顧問の要請を行った。この要請に基づいて英国 からデーヴィッド・H・クラーク博士が来日し、1967年11月から1968年2月まで日本に滞在し、15の精神病院(国公立7、私立8)、7の精神薄弱 施設、5の精神衛生センターおよび児童相談所、5の大学クリニックおよび多くの他の施設(保護作業所、ハーフウェイ・ハウス、県および政府機関)を訪問 し、1968年5月30日に日本政府に対して勧告書を提出した(クラーク勧告より引用)。

 日本政府がWHOに頼んできたもらったクラークさん。この方、本当にすごい人なんです。「クラーク勧告」の中で、当時すでに精神科病院での入院患者の入院期間長期化と高齢化を予測し、見事的中しているんです。

とくに日本は欧米諸国に比べ、精神科病床での入院期間がめちゃくちゃ長いことが問題になっています。ヨーロッパでは精神科病床を廃止したところもあるというのに。

当時の日本政府かクラーク勧告に合わせて環境改善を図っていたら、どうなっていたんでしょうか。

クラーク勧告無視もさることながら・・・

無視するってのも、なかなか日本政府とんがってるなぁという印象なんですが、もっと怖いのは、その歴史をなるべく表に出さないようにしていること。

例えば、政府刊行物である『我が国の精神保健福祉』の精神保健関係年表に、「クラーク勧告」という言葉は出てきません。

このことからも、深い精神保健福祉界の闇を感じます。

歴史って怖い。

精神保健福祉の歴史には、深い闇があります。今回紹介したものの他に、精神外科、ライシャワー事件、宇都宮事件もその一つと言うことができるでしょう。

これらの歴史を知り、身に感じた衝撃を、何にどうやって返していくのか。

歴史への理解は、技術や知識、経験知などといったものとは違うところから「専門性」を育んでくれる、大切な学びであると言えるでしょう。

支援カテゴリの最新記事